朔太郎の月

おしゃべり
Onchi Kôshirô

今宵の月は朔太郎の月。

まだ日が暮れて間もない頃、低い空に細い三日月が浮かんでいました。こんな細い三日月を私は朔太郎の月と勝手に呼んでいます。実は今日よりも昨日の月のほうが朔太郎の月に近かったはずですし、新月の前日14日の月はまさしく朔太郎の月だったに違いないのですが、私が目にすることはありませんでした。

もう随分前のことになりますが、私には朔太郎の詞ばかり読んでいた時期がありました。といっても、それほど深くのめり込んだわけではなく、ただあの独特な感覚に触れるのが面白くて斜め読みしていただけ。ですから、ほとんどの詞はすっかり忘れてしまいました。

そこでなぜか鮮明に覚えているのが「猫」という詩。

猫

まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。

『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です』

屋根の上の猫のシルエットと糸のような三日月。その情景がはっきりと見えます。そこに漂うちょっと淀んだような生ぬるい空気も肌で感じます。

詩のことなんてよく分からないし、この詩だってよく分からない。でも、三日月を見る度になぜかこれを思い出します。尤も、私の思うところの朔太郎の月は、今みたいにぴんと張りつめた冷たい空に浮かんではいないんですけれどね。

この詩はその当時、まだ若かりし頃の私に、どういうわけか物凄く強烈な印象を与えたのでしょう。

懐かしい。

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